2016年 10月 31日
Les Clients doivent être en silence ? 物言うお客は何とやら?? |
「お客様は神様です」とは、故・三波春夫のMCとの掛け合いの中で産まれたフレーズだということは、ネット検索でも簡単に出てきます。このご時世、それを真に受ける人は皆無だと思いつつも、やはりお天道様のもと商売をしている以上、お客様は敬わなくてはならないはずです。
よく言われる、「ゲストの意見を聞く」ということの正体は、『自分達の店を客観的に観察するための謙虚さ』を授けてくださるものだと思っています。兎角この商売、雑誌等々に掲載されたり、一部のブロガーさんに取り上げられたり、ネット界隈で持ち上げられたりすると、あっという間に昇天してしまいがちな人種であります故(笑)、謙虚さというものとは幾ばくかの距離が・・自分を含め。
そして食べログで高得点でもとろうものなら、鼻高々、知らず知らずのうちに居丈高に構えてしまうことも。
今のニッポンには残念ながら『語り部』がおりません。語り部とは仲介者=翻訳者=伝道者です。発信者=お店側は本来なら、自らを語るべきではないでしょう。評価とは常に他人がするものだからです。
アンリ・ゴー、クリスチャン・ミヨ、クロード・ラベ、ジル・プドルフスキ、最近だとステファン・リス。非常に読み応えのある記事で、時に賞賛し、時に手厳しく批判し、どんな権威や有名な店だろうと遠慮なし、言うべきは云うことで自らの正義を貫く姿勢には、批評をエンターテイメントとして楽しむ国民性と、ともすれば世界を敵に回してでも、容赦のないユーモアで批評するアフォリズムの昇華と言えるかもしれません。
まぁ日本人の国民性とは、例え天変地異が起ころうとも、大革命が起ころうとも相容れることはないでしょう。しかしながら、それを私は口惜しいとも、羨ましいとも思いません。
多少大袈裟に書き連ねましたが、構造的に『自らを鑑みるため、外側からの視座を保つことが難しい職業』と言えるのは間違いなさそうです。もちろんこの職業のみが突出してしているとは思いませんが、やはりその難しさは日々痛感しております。
レストラン業界のそういった狭隘なうちうちの常識をブレイクスルーしたのが、かのNOMAだったりするのですが、これまた後日に・・・。
この業界に『社会性』を持ち込んだという実績は、極めて重要で、稀に見る功績だとは思います(※ あくまで “ だとは ” という文言の厳密性にご注意を)。
閑話休題、写真の料理。
トマト臭くで仕立てたトマトのブリオッシュを、トマトとコンソメのトマトスープに浸し、酢橘でマリネした鰯を香ばしく炙ったもの、ブラータチーズ、アボカドオイルで一皿に。アボカドをターメリックの衣で揚げたもの、イカ墨のチュイル、豆苗の芽で仕上げ。
それぞれの相性の良さと食感のバランス、香りの組み合わせ、手前味噌ながら、追い込まれて突貫作業で考えた割には完成度の高い一皿になったのではと・・・。考えつくし、ラボで研究し、大人数で知恵を絞った皿が優れているとは限りません。“ポン”としあげた一皿が大受けだったりすることは、誰もが経験のあることで、いったい何がベストな方法なのか、これについても伸吟するばかり。
目の前の出来ることをやる。これは一見するともっともらしいフレーズです。しかし、裏を返せば「状況に支配されている」ことの証左でもあります。
「人は状況を支配できない、状況に支配されるのみ」とは・・・・誰だったかな?マキャベリ??忘れた・・。
どーしましょ・・・考えて悩んで右往左往し、頭の中を四六時中巡っているのはいつもこれ。まぁ、C'est la Vie !! かなと。
by latourelle
| 2016-10-31 19:56
| 料理